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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)3695号 判決

三和銀行

事実

原告九十九産業株式会社は請求の原因として、被告株式会社末広車輔製作所は昭和二九年二月五日金額十九万七千五百円の約束手形一通を訴外マルミ産業株式会社に宛てて振り出し、右訴外会社はこの手形に白地裏書をしてこれを原告に譲渡した。原告は右手形を満期に支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶された。ところで右手形の振出人の名義は被告会社東京出張所所長斉藤忠正であるが、右斉藤は商法第四十二条にいう、被告会社の営業の主任者であることを示す出張所長という名称を附した使用人であるから、支配人と同一の権限がある。よつて原告は被告に対し右手形金並びにこれに対する年六分の割合による利息の支払を求めると述べた。

被告は抗弁として、被告は大阪に本店と工場を有し、東京出張所は専ら被告の製品を販売するため設けられたものである。出張所は販売代金を集金してこれを本店に送金し、また受取手形をそのまま本店に送り、出張所の経費は本店から別途に送金をうけて支払う仕組になつている。従つて出張所が手形を振り出す必要もなく、いまだかつて一回も手形を振り出した事実はない。斉藤は東京出張所に勤務中被告に隠して、友人と昭和車輛工業株式会社を設立し、その資金に充てるため被告会社の売掛代金を費消した事実が発覚したので、昭和二九年七月引責退職した。その後に至り、斉藤が勝手に「株式会社末広車輛製作所東京出張所長斉藤忠正」という名義で手形を振り出していた事実がわかり、本件手形もその一であるが、何れにしても被告は斉藤に対し手形振出の権限を与えたことはない。被告はマルミ産業株式会社と取引をしたこともなければ常盤相互銀行日本橋支店と当座預金契約を結んだこともない。もしそれらのことがあつたとしても、それは斉藤が被告会社東京出張所名義を冒用したものであるから、被告には何の責任もない。斉藤が東京出張所長の名称を使用していたとしても、同人は商法第四十二条にいう表見支配人ではない。本件手形は斉藤が被告会社の東京出張所における事業の執行とは関係がなく不正目的のため振り出したものであるから、被告には何らの責任がないと述べた。

理由

原告は、斎藤は右出張所の所長であるから商法第四十二条にいう「支店の営業の主任者たるべきことを示すべき名称を附したる使用人」であると主張するから按ずるに、一般的に会社の出張所が、会社の支店と同様な営業活動をしているとみることはできない。よろしく出張所を実質的にみて判断すべきであるが、証拠によれば、被告は車輛の売りさばきとその代金の集金を主たる仕事とするものであつて、支店としての実体を備えないから、支店と同視することはできない。従つて被告会社出張所長斎藤忠正が支配人と同一の代理権があることを前提とする原告の主張は理由がない。

次に原告の予備的請求原因(一)について判断するのに、前段に認定したとおり、被告会社東京出張所長斎藤忠正は、被告から昭和二十六年暮頃車輛販売とその代金受領或いは右出張所の諸経費三万円以内の支払にかぎつて代理権を与えられたものと認めることができるから、本件手形は斎藤が代理権を越えて被告のために振り出したものといわなければならない。ところで原告は、斎藤が代理権を越えて本件手形を振り出したとしても、原告において斎藤に本件手形を振り出す権限があつたと信ずべき正当の理由があつたと主張するけれども、民法第百十条の第三者とは、本件の場合にあつては、本件手形の受取人マルミ産業株式会社をさすのであつて、若し右訴外会社が、代理人斎藤に手形を振り出す権限ありと信ずべき正当の理由を有しなかつたときは、たとえその後本件手形を取得した原告がかかる権限ありと信ずべき正当の理由を有していたとしても、本件手形の所持人である原告は民法第百十条によつて被告にその支払を求めることはできないと解されるのである。しかして原告は、右訴外会社が代理人斎藤の代理権を信ずべき正当の理由を有していたことを主張せず、何らの立証もないから、民法第百十条に基いて被告に本件手形金の支払を請求する原告の請求は理由がない。

更に原告の予備的請求の(二)について判断するのに、前記認定のとおり、斎藤は小型車輛の販売とその代金の受取並びに受け取つた金員を本店に送金したら、或いは三和銀行西八丁堀支店から、出張所の経費として月額約三万円以内を引き出して、その限度における支払の仕事を担当していたものであるから、本件手形は、斎藤が被告の右事業を執行するための行動範囲内において振り出されたものとは認められない。そうすれば、被告に対し損害賠償を求める原告の請求は理由がない。としてこれを棄却した。

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